2月14日、奈良・ロイヤルホテルにて行われました経営勉強会に、37名の方が参加されました。
冒頭、田中久雄会頭より挨拶があり、次のようなお話がありました。
金剛組は、設設会社であり、創業は西暦578年で、現存する世界最古の企業(大阪市天王寺区)です。
金剛組が生まれて1400年余の「老舗」です。
金剛組は、その時代の人々の信仰と、心のよりどころを醸成する宗教建築の造営に携わってこられまし
た。その永い歴史の中で常に心に刻んできたのは、先駆者たる自覚に基づいた伝統の技術を、後世に伝えるという使命感です。圧倒的な荘厳感、極楽浄土の具現化、神仏の前での万人の純粋さ、それらを目指して先達は技の鍛錬と心の修養に勤めてこられました。
常にお客様から求められる存在でありたい、金剛組に頼んでよかったと感じて頂きたい、そのような気持ちが社寺建築一筋に1400年余続いた原動力となっています。金剛組はこれからも伝統を重んじつつ、あたらしい技術を常に追求するリーディングカンパニーでありたいと願っておられます。
大工とは文字どおり「大きな工人」の意。それは力と技をものする男の仕事。大工の呼称には一種の尊敬の念さえ込められております。そして棟梁は彼ら大工の総元締め。すなわち男のなかの男であったわけです。金剛組には8組110名の宮大工がおられます。そのいずれの職人も、鉋掛けひとつにも職人魂を注ぎ、今もなお匠の極みを目指しています。
第32代金剛八郎喜定がのこした<遺言書>は、当時の金剛組に大きな力を与えました。 喜定は<職家心得の事>でこう記しておられます。
「お寺お宮の仕事を一生懸命やれ」
「大酒はつつしめ」
「身分にすぎたことをするな」
「人のためになることをせよ」など。
この家訓が、苦難にあって初心にかえることの大切さを教え、金剛組の進むべき方向を示したのです。また、江戸時代に生きた第32代喜定は、棟梁としてもすぐれた技積を残しておりました。自らが描いた四天王寺・五重塔の設計図は、今の時代にも十分通用する精度と美しさをたたえています。
また、再建された喜光寺南大門(奈良市菅原町)を建てられたのも金剛組です。
教化部長・葛原敏雄先生のご講話に入り、先生は「経営とは、糸のようにつぐむもので、経営者の人柄と従業員の人柄とが結びついています。人間は神の子だという信仰に基づいた経営こそ、ほんものの経営です。繁栄している企業には、しっかりした土台があります。私たちの根っこの部分に光を当てる先祖供養を会社として真摯に行っている企業は栄えています。繁栄だけを求めても、それは砂上の楼閣となります」と云う主旨のことをお教え下さいました。そして、先生ご自身の貴重なご体験を語って下さいました。
次に、成功している経営者の実例が紹介されました。
大谷整一さんは、元・大阪教区栄える会の会頭をしておられた方です。大谷さんは、税理士法人代表社員です。顧客の企業は年々増えているそうです。大谷さんが、生長の家に入信され、事務所を設置されたのは、昭和55年でした。母親が昭和23年に他界したので、長男の大谷さんは学校を休み、家事をこなし、父親が再婚したので学校に復帰し、大学卒業後、税理士の資格を取りました。電気会社で働いている時、交通事故に遭い、奥様も体調を崩して、大谷さんは「何か人知の及ばないものがあるのでは」と思うようになりました。その時、生長の家の講習会に誘われ、それが機縁となって、吉倉講師の指導を受けることになりました。「交通事故で九死に一生を得たのは、霊界の母が守ってくれたからだ」と講師の先生から教えられました。母がずっと見守ってくれていたのに、私はそんな母のことを忘れ去っていたことに気づきました。大谷さんはすぐ仏壇を買い求め生母の位牌を安置し、毎朝夫婦で聖経を読誦し、お墓参りをして心からの供養をしました。
大谷さんは、平成13年に大阪教区栄える会の会頭に就任します。その3年後に胃ガンを宣告され、神さまに全托し、手術を受けます。不思議に恐怖はありませんでした。その後定期健診を受けていますが、再発はなく、以前にも増して健康です。大谷さんは「ご恩返し」のつもりで、会頭を2期つとめました。大谷さんは、このように述懐しておられます。「人さまに与えることだけを考えて行動すれば、それで間違いはないと教えられました。今はガンになったことすら感謝しています」と。
葛原先生は、「大谷さんのように、反省し懺悔し、先祖供養して心が清まったら、その人の本来のものが顕われてくるのです。ひとのためにやればやるほど自分が豊かになるのです」と、コメントされました。
次に、宮田啓二さんの実践が紹介されました。宮田さんは、33歳でIT企業の取締役になりました。以前はフリーターで職を転々としていましたが、少年時代から信仰していた生長の家の「先祖への感謝」
の教えを思い出し、毎月1回の「お墓参り」を実践するようになりました、宮田さんの運命が好転したのは、それからでした。
宮田さんは知元の普通高校に進学しましたが、不良仲間と付き合い問題を起して停学となり、その高校を退学し、あらためて進学した工業高校にコンピューターを用いた情報工学科があり、そこで学んだことがやがて役に立つことになりました。何が幸いするかわかりません。
宮田さんは言われます。「転居した先がお墓近くで、ご先祖様がこの場所に導いてくれたと思えたのです。お墓参りをすると、やっぱり気持ちがいい。亡くなった祖母のことを思い出し、霊界から見守ってくれていることが実感できました。行く度に感謝の心を新たにして、自分自身の心をふり返ることにもなりました。」宮田さんは、生長の家東京第二教区栄える会の支部長を務め、毎月の例会が参加する人の抱える仕事の悩みを解決する場になるように心掛けているそうです。
葛原先生は言われました。先祖供養を徹底的にしたら、必ず自得することがあります。不動の「信」ができます。眼に見えない力(実相)が働いている、その一つ一つを発見していくのがこの経営勉強会なのです。葛原先生、ありがとうございます。
先生のご講話のあと、グループにわかれて、経営勉強会で学んだこと、これからの要望など、話し合いました。 (文責・汲田克夫)